プロフィールとブログの理念

プロフィール

 

はじめまして、ふるしゅです。

 

僕は今、
個人事業主としてネットでビジネスをしています。

社会人経験は8年以上になりますが、
2021年春に働いていた職場を去りました。

最初に副業として
ネットビジネスを始めてから、

1時間で1万円を稼ぐことができましたし、

他にも、
不用品の販売で10万の売り上げ、
アフィリエイトの収入、と

普通に働いていたら
得ることはなかった収益も手にしました。

それに加えて、
ブログを書いたり、
動画を撮ってみたり、
ビジネスに関わる知識を学んだり、

ネット上に自分のメディアをつくる状態にまで
変わることができました。



当初は副業しながら
ネットビジネスを行い、

結果が出てきたら退職する予定でいました。

しかし、
日々の仕事でクタクタになることも多々あり、

工夫次第では手の打ちようはあったかもしれませんが、
自己管理ができませんでした。

半ば勢いで退職を決めました。


大した取り柄もなく、

このまま月日が流れていくことに
ただただ恐怖するだけの人間で、

転職にも踏み切れない自分。


ですが、

ネットビジネスという存在を認識したことで、
会社と自宅の往復だけの憂鬱な日々から
将来に希望がもてるようになりました。


前々から「ネットビジネス」という存在は
なんとなく知っていたのですが、

実際どんなことをやっているのか想像もできませんでした。


しかし、あるネットビジネスをしている方の発信を見たときに

「こんな自由な働き方があるのか!」

「趣味に好きなだけ没頭できて楽しそう!!」

と驚き、そして感動したのを覚えています。



学生時代のときも、
新卒で就職したときも、

何の疑いもなく当たり前のこととして
感じていたことがありました。

それは、

大学はひとまず卒業して
新卒で就職したら定年まで働き続けるんだ、

ということ。

これが一般的な感覚だと思っていたからです。


子どもの頃から学校教育や家庭の中で
無意識のうちに刷り込まれていったのかもしれないし、

学生時代の友人たちも
普通に就職していったので、

こういうルートが普通、一般的なんだと
何ら疑いはなかったです。



たまにメディアで
「新進気鋭の若手起業家が登場!」

なんて華々しく登場するのを見ることもありましたが、

(この人は才能があって優秀な人なんだろう)

とそれくらいの感覚しかありませんでした。


そういった価値観の人間だった自分が、
なぜ、ここまでネットビジネスや起業に興味をもち
今日に至るのか。

その理由は、


「自由な人生を手に入れたいから」

これに尽きます。



会社員で働く中で健康を損なったり、

働く環境が良くなかったり、

自分の趣味を満足に満喫できない状態であったり、


こんな生活をあと何年も我慢しなければいけないのか・・・


そんな人生に凄まじく嫌気がさして、

「何とか状況を変えたい!」

という想いでネットビジネスを始めました。



このブログのコンセプトは、

「今を存分に楽しめるきっかけを創ること」


読んでくださった人の人生が
少しでもより良い方向へ向かうよう、

情報を発信していきます。


それに伴い、
日々の生活を満足、充実させたものにするためには、

まず2つの自由が必要だと考えています。


それは、

・金銭的な自由

・時間的な自由

 

まずはこの2つの自由度を上げていくことが、
人生において大切だと考えています。


例えば、

僕はアーティストのライブや
旅行に行くことが好きなのですが、

2つの自由の一つでも欠けてしまえば、
心から楽しむことができません。

「お金がないからムリ」

「時間がないから行けない」


せっかく好きなことや趣味であっても、
こんなつまらない理由で
楽しめなくなってしまいます。


そしてこれらの自由の妨げとなることが
日々の過度な労働。

生活のためには働かなくてはならないし、
時間の切り売りなので
時間の大部分は職場に支配され、

心身ともに疲弊していく。


逆に言えば、お金があれば解決してしまいます。


人生においてお金が全てではないけれど、
まずはお金がないと
自分の人生が思うように
コントロールできないのもまた事実です。


僕の大学時代の友人や身の回りで、

「お金も時間もある」

なんて人はいません。


「お金はあるけど、時間がない」

「時間はあるけど、お金がない」

「お金も、時間もない」

たいてい、
この3つのどれかのカテゴリーに
当てはまってしまうのがオチです。



このブログやメルマガでは、

自分がネットビジネスについて学んだことを
お伝えさせていただくことで、

自分の力で稼ぐ力を身につけ、

今を存分に楽しみ
充実した人生をおくれることを目指す方法

について発信していきます。


これから、
このブログを読んでいただく上で

私の過去の経歴を共有しておくと、
よりブログの内容を理解しやすくなるのではないかと思います。


そのため、私のこれまでの経歴と
このブログで目指すものについて共有させていただきたいです。

大学時代:惰性で過ごした学生生活


実家を出て初めて経験する一人暮らし。
最初は自由に過ごせる!と意気揚々としていた。

しかし、積極的にアクションを起こしている訳ではなかった。

アルバイトもそれなりに普通にこなしただけ。

将来の仕事についても深く真剣に考えることもなく
漫然と過ごす日々。


2年生くらいの時に学内で公務員講座が開催されており、
親からも参加の勧めがあったけど、
就職についてボンヤリとした状態で特に関心も持てずにスルー。

学外では友人と遊んだり、家でゲーム、アニメ、テレビをみたりで
変わらぬ毎日。

インターンに参加するとかそういう雰囲気は、
周り含め無かった。

もはや、
なるようになるさ精神。

就職活動も周りが始めだしたから自分もやらなきゃ、
みたいな感じだった。

当時はリクナビやマイナビ、
大学宛の求人の中から少しでも良さそうであれば
片っ端から応募をしていくのが就活スタイルだった。

まだまだリーマンショクの影響が尾を引いていたからだ。

就活も惨敗に次ぐ惨敗で、
ようやく勝ち取った内定先はメーカー。

卒業論文もなんとか完成、
成績もそこそこに無事卒業。

良く言えば無難に、
悪く言えば怠惰に過ごした4年間だった。


しかし、
卒業した後でも
連絡を取り合える友人が複数できた。

気兼ねなく話せる友人の存在は
本当にありがたい。

「大学時代の友人が、一生の付き合いになる」、
とはよく言ったものだ。


社会人時代①〜:想像を絶するような会社からの洗礼

 

新卒で入社したメーカー会社。

製造要員として工場に勤務することとなった。

入社式では、

(ついに社会人。この会社で定年まで頑張るんだな)

と心の中で静かに決意したことを今でも覚えている。


なにしろ、
当時の自分は、
入社した会社に勤め続けることは
当然のことだと考えていたからだ。

2日程度の座学研修も終えると早速現場へ配属。

最初は比較的身体に優しい業務から始まり
1ヶ月も経たないうちにメインの配属先へ。

とにかく大事なことは、
時間内に当日の作業ノルマをいかに終わらせるか、
であった。

一瞬たりとも気が抜けない状況の中、
ひたすら集中して目の前の業務をこなしていく。

「無心の状態」と言わんばかりに。

定期的に職場のトップによる巡回監視があり、
作業に不手際が生じたり詰まったりしていれば
ヤクザ張りの怒号が作業場内に響き渡る。


「早く やれやっっ!!!!」

この怒号が本当に恐怖だった。
自分が言われていないのに。

(ヒィェェ…‼︎)

と思いながら、
反射的に一段と作業スピードが早まった。

とにかく目をつけられないように必死でやった。



(オイオイオイ…
 こんなのまるで奴隷じゃんか…!
 これをずっと続けろと言うのか?)

何年先もここで働くことを想像するだけで
ただただゾッとした。

売上ノルマを達成するために、
自社商品を社員で買わされるという謎ルール。

自分たちが作り上げた商品のはずなのに、
家に持ち帰った大量の商品を見つめて
気分が心底悪くなった。

捨ててしまいたくなるくらいに。

(こんなのおかしい!もう見たくもない…!!)

謎ルールについて
理解する気力も湧いてこず、
力がだんだん抜けていった。

おまけに製造機械の大小問わず、
とにかく古い。

そのため、細かいケガなんてのはよくあることで、
大型機械が故障して同僚が流血事故に巻き込まれたこともあった。



当時、もう忘れてしまったが
何かのタイミングで血液検査をしたことがあった。

その時の医者の表情と言葉が忘れられない。

「白血球の数値が異常だ。なんなんだこれは…(唖然)」

個人的には
ケガばかりしているから、
としか理由が思い当たらなかった。

白血球が過剰反応でもしていたのだろう。


体力仕事ということもあり、
体力はかなりついた。

物をよく掴んでいたので、
手が1.5倍程度、厚くなっていたかもしれない。

会社トップには
設備をなんとか新しくしてくれることを期待していた。

けれど、
願っているだけではもちろん何も起こらず。

入社して数日で感じ取った、
職場のただならぬ雰囲気と違和感は、
結局退職するその日まで解消されることはなかった。



話は少し戻る。

入社して2ヶ月経過した頃には
予備校の公務員講座の申し込みをしていた。

なぜ公務員なのか?
それは「安定している」と感じたから。


今こうして書いていても、
当時は安直すぎて苦笑いしか出てこない。


就職難という社会情勢もあり、
長く働けそうなところ、

あと、
土日祝日が完全に休みなのは
公務員しかないと当時は考えていた。


自分らしくない行動力を発揮し、
さっそく公務員予備校への申込みを行った。

働きながら休日は予備校へ通い、
映像での講座を受けまくる日々を半年程度おくった。

1週間フル稼働だった。
完全な休日はゼロ。


我ながら良くやっていたと思う。

今の状況を変えるためには
日々の行動を変えるしかないことを学んだ。

なんでもっと自分の将来にしっかり向き合わなかったのか。


この頃は、
こんな事ばかり考えていたし、
学生時代の過ごし方を悔いた。

当時の手帳が本棚の奥に眠ったままになっていたのを見つけ、
開いてみると、汚いセリフが殴り書きで所々書かれていた。


ストレス発散というか、

なすすべなく込み上げてくる感情を
手帳に吐き出していたのだろう。

そんな悶々とした日々が流れていく中で、
直属の上司が辞めることとなり自分の担当も変更。

この出来事が会社を退職する決定打となる。

任された仕事は重労働。
20〜30kgの物を1日に何度も持ち上げなければならなかった。

最初は気合で乗り切っていたが、
段々と腰に痛みがジワジワと出てくるのを感じた。


それでも職場トップの監視の目もあるため手は抜けない。
身体にダメージが蓄積されていくのを感じ、
不安と恐怖に駆られながら仕事をしていた。


おまけに着実に勉強を進めていた公務員試験対策も
身が入らなくなってしまった。


ある時、
職場のトップと話す機会があり、
作業により腰に痛みが出ていることを恐る恐る相談した。

ダメ元だった。

でも言わないままでいるのが一番ダメだと思った。


返ってきたきた返事はこうだった。

「痛くならないよう工夫してやるしかない」

この言葉を返され、
ただただ無力感しかなかった。



もうそれっきり気力が湧かず
仕事に気持ちが入らなくなっていた。

整形外科に受診したが、
予想通り腰の状態はマズいことになっていた。


職場に報告しても配置転換は無く、
これ以上在籍しても身の危険しか感じなかったため
退職する事にした。

もうとにかくここから離れたい、
その思いしかなかった。


こうして僕の新卒の社会人ライフは
あっけなく幕を閉じた。


無職時代〜:公務員試験を受け続けたその果てに


会社を退職したのはいいが
もちろん次の職場など決まっているはずもない。

痛めてしまった腰の治療のためしばらくは時間を費やした。
もちろんメンタルも相当落ち込んでいる。

何をするにしろ、
考えるにしろ、

とにかくダルかったし物事がどうでもよかった。


気分が上向いてくるのに時間はかかったが、
それでも何かしないとこのままではマズいと感じ始め
公務員試験の勉強を再開していった。


予備校にも再び通い、
いくつもある科目に対応できるよう勉強した。


初めの年は、
勉強を再開した頃が公務員試験シーズン真っ只中。

受験したは良いが、
筆記試験通過の基準点を満たすことができなかった。
ことごとく惨敗。


続く翌年の試験にも挑戦。

第一志望の自治体は筆記試験、
集団面接となんとかクリア。

しかし、
次に待ち受けていたのが鬼門だったのである。
それもとっておきの。

事前の試験内容の通知では「面接試験」とのこと。

個人面接?
それとも、また集団面接でもやるのかな?

なんて考えていた。

しかし、
いざ試験室に入ると何か違う。
雰囲気が。


蓋を開けてみれば
何やら長方形の大型机が点在しており、
その上に人生ゲームのボードのようなものが置かれているではないか。


(な、なんだこれ…!!?)

自分の目が点になった。

その直後、
試験官はおもむろに口を開き、
試験の説明に入る。


「ここに1億円の予算がここにあります。
 市の事業の効果が最大化されるように、
 …ウンタラカンタラ」


…そんな感じのような事を言っていたと思う。

もう正直覚えていない。


ただ頭の中は真っ白になったのは覚えている。


(こんな試験、過去にはなかったはず!
予備校の情報でもこんなものはなかった!!)



そう、
通常の面接だと高を括っていたのだ。


それがまったく未知の内容に遭遇してしまったため
パニクってしまい、
試験中は激しく動揺した。

突発的事案への対応が大の苦手だった自分には
刺激が強すぎた。

動揺していたので試験開始になっても
すぐには動き出せず、
必死に試験内容について再度確認。

確認、
かくにん、
カクニン…

でも頭が追い付いてこない。

どんどん焦る。


必死に「行動してる風」をなんとか取り繕っても、
試験官の冷たい視線が痛いほど
グサグサ突き刺さる。


(オワタ……)


結局、
何がなんだか分からないまま試験終了。

終了した瞬間は呆然となり、
帰路は完全に意気消沈。


もう完全に、
突発的事項への対応に弱い人間である。


「俺はなんのためにずっと勉強してきたんだよおおおお!!
 チクショオオオオ!!!」


・・・


試験後数日は引きずっていた。
ショックすぎて悔しくて情けなくて不甲斐なくて。

試験の結果は案の定、
「不合格」

もう分かってはいたけど
改めて突き付けられると悲しむ気力さえ皆無だった。



また来年公務員に挑戦する選択肢はさすがにもう無い。

最終的に公務員になることを諦めることにした。


余談だが、
公務員試験の勉強は
予備校にいく必要はないと経験を通して感じた。
(面接対策で利用するのはアリ)

その理由は、
調べれば
力を入れるべき科目、捨て科目があり
どの過去問やテキストを使うのが最も効率的かも分かる。

必要・不要なところを明確に分け、
最短最速で「筆記試験に通る」という
その目的のために勉強すればいいだけ。

というのを公務員試験もほぼ終盤の頃に学んだ。


それをわざわざ予備校に通い、
予備校の使えない教科書に沿って
講師、あるいは周りの受験生のペースに合わせて
勉強するのはあまりにも効率が悪いと言わざるを得ない。


公務員になれなった者が言うことでも無いんだけど。


その後は幅を広げて、
腰に負担の少ない職種と思われる事務系、
なおかつ、土日祝日が基本的に休みの職場を徹底的に探した。


なぜ土日祝日休みにこだわったのか。
それは趣味のライブや旅行を楽しみたかったからだ。

ライブが行われるのは大体、
土日祝日。

前の製造の会社にいた頃から
ライブには行くようになったのだけど、
土日祝日でも度々出勤があり、
思うように自分の時間を確保できなかった。


仕事だけでなく、
自分の趣味の時間も
しっかり確保したいという思いがあったので、
土日祝日休みにはこだわりたかった。

この期に及んで、
よくそんな希望が言えるな、

という意見も聞こえてきそうだが汗



しかし本当に偶然だが、
そんな職場を見つけ
応募したところ運良く内定。

面接もほぼ勢いだけで突破したようなものだ。

事務未経験で他の応募者もいたにも関わらず、
なぜ自分が内定したのか未だ不明だが
ひとまずこの内定先に滑り込むことにした。


人生、
何が起こるか分からない。


社会人時代②〜:異業種、未経験職種がゆえに苦しんだ職場



晴れて事務職として働くことになった。

「これで前の職場のように、重労働で腰を痛めることもない。
 心機一転頑張るぞ!」

こうして
意欲的に仕事に向かうことができた。


周りからはどの程度仕事ができるんだろう…?
という不安の眼差しをヒシヒシと感じた。

しかし、
こっちは事務未経験で異業種から来た身。

変に意識してしまうと
余計なプレッシャーを感じてしまう。

出来ることから一つ一つ取り組んでいこう、
そんな気持ちでいた。


総務や経理、人事のような
セクションで部署分けされているのではなく、
一人が手広く担当しているようだった。


自分が担当することになった業務は、
前任者が同じ部署にすでにいなかったため手探り状態。

マニュアルというか手順書も
ほぼ無いに等しかった。


この書類って何の意味があるの?
そもそも稟議書って何書くの?
これはどの部署に連絡すればいいの?
この案件は誰に振ればいいの?
Aさん、Bさん、Cさん、みんな違うこと言ってるんだけど
誰が正しいの?

そんな初歩的なところから始まった。


自分は割と一つ一つ納得してから進めたい質だったが、
そんな余裕はなかった。

次から次へと振られる仕事を片付けていかなければ
溜まっていく一方。

一人では完結しない業務もあるので
自分のところで滞らせるわけにもいかず。


さらには法律を含めた専門知識が必要になってくることもあり
仕事内容の知識を覚えることも併せて、
かなり苦労した。


事務仕事の経験により意識させられたこと。
それは、

自分の頭が固いのか、
要領を得ないのか、

人と比較して物事を理解するのが
遅いことを思い知らされた。


例えば、
法律や社内規定の文面から
実際に業務に落とし込むに当たって、

他の人は
「あっ、そういうことね」
で理解できるところ、

自分は
「え?まだちょっとわからないんですけど…」
とワンテンポ遅い。


自分の意見だったり
議論してても、
どうも自分の言いたいことが頭の中で上手くまとまらず
思うようにいかない。


もう一つ悩まされたのは「調整」。


自分の部署の上司と他部署の上司、
それぞれで求めていることが違っていて
落としどころに難航することもしばしば。

(それだったら直接やり取りしてくれよ…)

なんて思ってしまわざるを得ない。
それが仕事なんだろうが。


当時の自分にとって捌き切るのがやっとの仕事量、
そして周囲のレベルの高さを肌で感じ、


(ここにいるのは場違いではないか?)

(なんでそもそも自分が採用されたんだ?)


なんて後ろ向きなことばかり考えていた。


前の製造の仕事では、
時間内になんとしてでも片付けろ、

みたいな雰囲気があったが、

事務の仕事ってハッキリ言いてキリがない。
終わりがない。

突き詰めてやろうと思えばいくらでもできてしまう。


一つ一つ納得しながら進めたい性格で
おまけに理解力も物足りない。

そんな自分はいつの間にか残業の毎日になっていた。
自分の事務仕事への適応力の乏しさと
会社の謎ルールや空気感に鬱々としていた。

こんなこともあった。

あいまいにしか教えてくれない上司の指示のもと、
初めて取り組んだ仕事。

手探りの状態でなんとか進めたが
思うような結果にならず、
それを上司に報告すると

「失敗じゃん」

と小バカにしたような表情で
冷たく言い放ってきた。

やる気をトコトン削がれた。


体調も崩しがちになった。
風邪は少なくとも年2回はひいていたし
肩こりがひどくなった。

事務仕事は外から見れば
座ってるだけで体には優しいと思われるかもしれない。

以前の自分がそうだった。

でも決してそうではない。


意識して姿勢をよくしていないと猫背になるし
血流は悪くなるし視力や体力も落ちる。

なんせ基本座りっぱなしだから。

休みの日は平日の疲れを取るために
休んでいることが多かった。

心身ともにストレスが
許容値を超えて襲いかかってきた。

気分も沈みがちになり、
こんなことは初めてだったので戸惑ってしまった。

いつもネガティブな感情が溢れていて
身体が重い。
悪化していくばかりで焦ったので
藁をも掴む思いで通院もした。

そんな状態が半年は続いた。

それでも可能な限り、
趣味であるライブや旅行へは出かけるようにした。

めっきり回数は減ってしまったが。


休みの日は疲れて休んでいるだけでは
いよいよ仕事のために生きているような人生になりかねないので、
それだけは阻止したかった。

しかし、心から楽しめない。

ふとした瞬間に仕事のことが思い浮かび
そのたびに頭から振り払っていた。

強迫観念に駆られるかのようだった。



正直、

好きなアーティストのライブの全国ツアーに
全通(全国のライブツアーに全て通うこと)したいし
旅行だって行きたいところはいっぱいある。

ライブの日程が発表されても
まず気にしてしまうのは仕事の都合。

休日に仕事が入ってしまうことも度々あった。


なりふり構わず有給をぶち込みたいところだが、
悲しいことにそんな度胸もなく。

おまけに休めば仕事は溜まってしまう。
休み明けの自分のデスクの上の
書類の溜まり具合を想像しただけで激萎えだった。


自分の人生なのに、
自分の好きなことを好きなだけしたいのに、

無意識に仕事のことを真っ先に考えてしまう自分が嫌だった。


別に事務仕事を甘くみていたわけではない。

ここまで広く深い知識や協調性、
空気を読む力、
忖度能力、
人間関係構築能力、
体力(意外にも)

など

いろいろなスキルが必要な仕事だとは
思ってもみなかった。


上司も上司でありったけの仕事を抱えていて、
毎日余裕がない状態で業務に追われていた。

上司に声をかけずらく
顔色を伺いながら仕事をするような感じ。


自分の5年、10年先の姿は、
今の上司の姿と同じになる、

なんてことを聞いたことがある。


自分がこのまま働き続ければ、
まさに今の上司のような状態になってしまうのかと思うと
ただただ憂鬱でしかなかった。


社会で必要とされるスキルが身に付くことはほぼない。

身につくのは、
その会社での立ち回り方や
会社独自の謎ルールへの対応といったような、

社会的に必要とされるものなのか
疑問符がつくものばかり。

近い将来の自分の姿が
ある程度想像できてしまう上に、
仕事によって自分の好きなことも満足にできない。

自分で稼げるようなスキルが身につくわけでもなく、
身体的にも精神的にも許容値を超えて
負荷がかかるような職場。


(自分の人生、このままで本当にいいのだろうか…)

なんてことを思うようになっていった。


働くことについて、
こんな意見を耳にする。

「ほとんどの人が興味の持てない仕事を我慢しながらやってるんだ!
 だからお前も我慢しろ!」

う〜ん、
それは違うのかなと思う。

なんでそんな気持ちで何十年も我慢する必要があるのだろうか。

人生仕事がすべてではない。
自分はそう強く思っている。

仕事もあるけど、
自分の好きことにも全力で楽しみたい。

それには心身ともに健康な状態でいることが大切。


今の状況は、
生活に必要な給料をもらうことと引き換えに
自分の心身と時間を差し出しているような
感じになってしまっている。

会社にいいように使われるだけ使われて
何も残らないまま終わってっしまうのだろうと虚しくなった。

(そもそも会社員という存在自体がそんなものなんだろうが)


インターネットビジネスとの出会い、信頼できそうな実力者を発見


そんな悶々とした日々を過ごす中で、
インターネットビジネスという存在に出会うことになる。

きっかけは、
ツイッターでのフォロワーさん。
この方をSさんとしましょう。

Sさんも、
自分も好きなアーティストのファンで、
プロフィールを見るとどうやら自分で法人経営しているとのこと。

ライブも全通したり、
ライブの遠征先では観光も満喫したりと、
時間を自由にコントロールしながら大いに楽しんでいた。


その状況は、
まさに自分の理想とするものであり
喉から手が出るほど手に入れたかった。


ブログやメルマガもあったので、
全記事を片っ端からその日のうちに読んでしまった。

Sさんは新卒として就職した会社が、
残業という概念がないほど勤務時間が異常に長かったとのこと。

昇進したとしてもさらに忙しさは増す一方という会社で
自分の人生このままでいいのか、
と思われていたそう。


そんな中で、

すでに退職していた会社の先輩が
ネットビジネスで成功している姿を見て
自身もそれに興味を持たれたようだった。


Sさんが行なっているのは転売ビジネスと同時に、
そこで培った経験をスキルとして販売したり、
コンサルしたりすること。

自分の力で稼ぎ、
自由に日々の生活を満喫するそのスタイルは
非常に魅力的に映った。

(こんな世界があるのか…!!)

ただ、
ネットビジネスという存在自体は知らないわけではなかった。

何か特別な人が
ネットを使ってお金を稼いでいる、
といった程度の知識しかなかった。


ネットビジネスに関して調べてみると、
胡散臭いだの、詐欺だの、
マイナスイメージばかりが目に付く。

お金を稼ぐ=職場で働く、

この考えが当たり前だった自分に
本当にできるようになるのか不安だった。


Sさんは高学歴で頭の回転が早いし、
ネットにも強いから成功しているのではないのだろうか。

そんな考えも頭の中をよぎった。


自分が身体を痛めたり、
精神的にも参ったりしながら働いてきたのは
何だったのだろうとネガティブにもなった。


Sさんからのオファーは、
ビジネスを学ぶためのオススメの教材や、
一緒にビジネスを手伝ってくれないか、

というものだった。

が、

自分がメルマガを読んだ時というのは
Sさんがメルマガを書いた数年後のことであり、

ビジネスの手伝いの依頼については
とっくに終わっていた。


転売ビジネスも時間の切り売りになってしまうので
どうも気が乗らなかった。

仕事の後に、
また作業をこなす自信がなかったからだ。


それ以降はSさんの
ネットビジネスに関する情報を見ることが無くなったが、
この世界を教えていただいたことには
とても感謝している。


そこからは自分なりに
ネットビジネスにはどのような種類があるのか、
どのように稼ぐのかを調べていくうちに
この人から学びたいという人を見つけることができた。


内容は、
ネット上に「仕組み」とやらを作り上げ、
それを元に自動的に売上がでる状態にする、
というものであった。

自分で永久的に作業する必要がなく、
一度売れる仕組みを作ってしまえば
金銭的自由も時間的自由も達成できる。
(もちろん必要に応じてテコ入れも行うが)


売り上げたお金で、
さらに自分を高めるために
学びに使ったり、
好きなことに使ったりしていた。


自分もこんな風になりたい!!


まずは知ることから始めないと。

勉強したことを実践する、
この繰り返しでどんどん力を付けていきたい。



改めて、このブログでお伝えしたいこと


長文にお付き合いいただき
ありがとうございます。

私の大学時代からの経歴を
駆け足ですがお話しさせていただきました。



このブログでお伝えしたいことは

「今を存分に楽しめるきっかけを創ること」

そのためには、
まず
・金銭的な自由

・時間的な自由

が必要だと感じています。


これは今までの社会人として働いてきた経験に基づいています。


給料を得るためだけに、
時間や心身を会社だけに捧げるのは
人生つまらないと思っています。

もちろん仕事にやりがいがあって、
サラリーマン生活が充実していれば全く問題はないです。

むしろそのような仕事に出会えた方は羨ましいです。


ですが、
今まで職場で接してきた人たちや
大学時代の友人、
趣味で知り合った人たち
(今回登場したSさんは除いて)。

大部分の人たちに関して、
仕事にやりがいをもってイキイキと

仕事もプライベートも充実した生活を送っている姿や話は
残念ながら見聞きできていません。


自分もそのうちの一人でしたが、

ネットビジネスの存在を知り
その可能性を感じて、

モヤモヤしながら日々生活していた人生が
変わったと断言できます。


今回のストーリーでも書いたように、

僕は、なかなか要領を得ず
頭の回転が遅いのですが、

正しい知識を学んで実践を繰り返せば、
結果はちゃんとついてくることを
実力者より学びました。


ブログだけでなく、
メルマガでは

「金銭的自由」
「時間的自由」

の2つの自由度を高めて
人生をより楽しく
より豊かに送るための話や、

実力のある方から学んでいることなど、
ブログでは書けないようなことも
お伝えしていきます。