ブログの理念と著者プロフィール

プロフィール

はじめまして、ふるしゅです。

 

現在、特別なスキルも持たないアラサーのサラリーマンですが、

そのかたわらネットビジネスをしており、

知識を深めるべく勉強しています。

ネットビジネスを始めてから

1時間で1万円を稼ぐことができましたし、

本当に知識の重要性を自覚する日々です。


いずれはネットビジネスで独立したいと考えています。

 

ネットビジネスという存在を認識したことで、

会社と自宅の往復だけの憂鬱な日々から

将来に希望がもてるようになりました。

 

前々から「ネットビジネス」という存在は

なんとなく知っていたのですが、

実際どんなことをやっているのか想像もできませんでした。

 

しかし、あるネットビジネスをしている方の発信を見たときに

「こんな自由な働き方があるのか」

「好きな趣味に好きなだけ没頭できて楽しそう」と

驚きと感動したのを覚えています。



学生時代のときも、

新卒で就職したときも、

何の疑いもなく当たり前のこととして

感じていたことがありました。

 

それは、

大学はひとまず卒業して

新卒で就職したら定年まで働き続けるんだ、

ということ。

これが一般的な感覚だと思っていたからです。

子どもの頃から学校教育や家庭の中で

無意識のうちに刷り込まれていったのかもしれないし、

学生時代の友人たちも

普通に就職していったので、

こういうルートが普通、一般的なんだと

何ら疑いもなかったです。

 

たまにメディアで若手起業家、

なんて華々しく登場するのを見ましたが

この人は才能があって優秀な人なんだろうな、

とそれくらいの感覚しかありませんでした。

 

そういった価値観の人間だった自分が、

ここまでネットビジネスや起業に興味をもち

今日に至るのか。

その理由は
「自由な人生を手に入れたいから」

これに尽きます。

 

会社員で働く中で健康を損なったり、

働く環境が良くなかったり、

自分の趣味を満足に満喫できない状態であったり、

こんな生活をあと何年も我慢しなければいけないのか、

そんな人生に絶望して

何とか状況を変えたいという想いで

ネットビジネスを始めました。

 

このブログのコンセプトは、

今を存分に楽しめるきっかけを作ること。

 

読んでくださった人の人生が

少しでもより良い方向へ向かうよう

情報を発信していきます。

 

日々の生活を満足させ充実させたものにするためには、

以下の4つの自由が必要だと考えています。

それは、

・時間的自由

・金銭的自由

・身体的自由

・精神的自由

この4つをまんべんなく上げていくことが

人生において大切だと考えています。

 

例えば、

私はアーティストのライブや旅行に行くことが好きなのですが、

4つの自由の一つでも欠けてしまえば、

心から楽しむことができません。

お金がないと出かけられない、

時間がないから出かけられない、

疲れてるから出かけられない、

気分が沈んでいて出かけらない、

せっかく好きなことや趣味もこのような理由で

楽しめなくなってしまいます。

 

そしてこれらの自由の妨げとなることが日々の過度な労働。

生活のためには働かなくてはならないし、

それにより自分の時間は大部分が職場に支配され、

心身ともに疲弊していく。

 

逆に言えば、お金があれば解決してしまいます。

人生においてお金が全てではないけれど、

まずはお金がないと自分の人生が

思うようにならないのもまた事実です。

 

このブログでは、

自分がネットビジネスについて学んだことを

お伝えさせていただくことで、

自分の力で稼ぐ力を身につけ、

今を存分に楽しみ

充実した人生をおくれることを目指す方法について発信していきます。

 

これから、このブログを読んでいただく上で

私の過去の経歴を共有しておくと、

よりブログの内容を理解しやすくなるのではないかと思います。

そのため、私のこれまでの経歴と

このブログで目指すものについて共有させていただきたいです。

 

ーーーーーふるしゅの物語ーーーーー

大学時代:惰性で過ごした学生生活


実家を出て初めて経験する一人暮らし。
最初は自由に過ごせる!と意気揚々としていた。

しかし、積極的にアクションを起こしている訳ではなかった。

アルバイトもそれなりに普通にこなしただけ。

将来の仕事についても深く真剣に考えることもなく
漫然と過ごす日々。


2年生くらいの時に学内で公務員講座が開催されており、
親からも参加の勧めがあったけど、
就職についてボンヤリとした状態で特に関心も持てずにスルー。

学外では友人と遊んだり、家でゲーム、アニメ、テレビをみたり。

インターンに参加するとかそういう雰囲気は、
周り含め無かった。

もはや、なるようになるさ精神。

就職活動も周りが始めだしたから自分もやらなきゃ、
みたいな感じだった。

当時はリクナビやマイナビ、
大学宛の求人の中から少しでも良さそうであれば
片っ端から応募をしていくのが就活スタイルだった。

まだまだリーマンショクの影響が尾を引いていたからだ。

就活も惨敗に次ぐ惨敗で、
ようやく勝ち取った内定先はメーカー。

卒業論文もなんとか完成、成績もそこそこに無事卒業。

良く言えば無難に、
悪く言えば怠惰に過ごした4年間だった。

社会人時代①〜:想像を絶するような会社からの洗礼

新卒で入社したメーカー会社。

製造要員として工場に勤務することとなった。

入社式では、

(ついに社会人。この会社で定年まで頑張るんだな)

と心の中で思っていたことを今でも覚えている。

当時の自分は、入社した会社に勤め続けることは当然のことだと考えていたからだ。

2日程度の座学研修も終えると早速現場へ配属。

最初は比較的身体に優しい業務から始まり
1ヶ月も経たないうちにメインの配属先へ。

とにかく大事なことは、時間内に当日の作業ノルマをいかに終わらせるか。

一瞬たりとも気が抜けない状況の中、
ひたすら集中して目の前の業務をこなしていく。

定期的に職場のトップによる巡回監視があり、
作業に不手際が生じたり詰まったりしていれば
ヤクザのような怒号が作業場内に響き渡る。

これが恐怖で怒号のたびに自分は震え上がってた。

とにかく目をつけられないように必死でやった。

「こんなのまるで奴隷じゃんか…!
こんなのずっと続けろと言うのか?」

何年先もここで働くことを想像するだけでただただゾッとした。

売上ノルマを達成するために、
自社商品を社員で買わされるという謎ルール。

自分たちが作り上げた商品のはずなのに、
家に持ち帰った大量の商品を見つめて気分が心底悪くなった。

捨ててしまいたくなるくらいに。

(こんなのおかしい!見たくもない!!)

なんでなのか理解する気力も湧いてこず、
力がだんだん抜けていった。

おまけに製造機械の大小問わず、とにかく古い。

そのため、細かいケガなんてのはよくあることで、
大型機械が故障して同僚が流血事故に巻き込まれたこともあった。

何かのタイミングで血液検査をしたことがあった。
その時の医者の表情と言葉が忘れられない。

「白血球の数値が異常だ。なんなんだこれは」

ケガばかりしているからとしか理由が思い当たらなかった。
白血球が過剰反応でもしていたのだろう。

体力仕事ということもあり、
体力はかなりついた。

物をよく掴んでいたので、
手の平は1.5倍程度厚くなっていたかもしれない。

会社トップには設備をなんとか新しくしてくれることを期待していたけれど
願っているだけではもちろん何も起こらず。

入社して数日で感じ取った職場のただならぬ雰囲気と違和感は
解消されることなく、結局退職するその日まで変わることはなかった。

入社して2ヶ月経過した頃には予備校の公務員講座の申し込みをしていた。

なぜ公務員なのかと言えば、
「安定している」と感じたから。

今こうして書いていても、
当時は安直すぎて苦笑いしか出てこない。

就職難という社会情勢もあり、
長く働けそうなところ、
あと
土日祝日が完全に休みなのは公務員しかないと当時は考えていた。

さっそく公務員予備校への申込みを行った。
働きながら休日は予備校へ通い、
映像での講座を受ける日々を半年程度おくった。

我ながら良くやっていたと思う。

今の状況を変えるためには
日々の行動を変えるしかないことを学んだ。

なんでもっと自分の将来にしっかり向き合わなかったのか。


こんな事ばかり考えていたし、
学生時代の過ごし方を悔いた。

当時の手帳が本棚の奥に眠ったままになっていたのを見つけ、
開いてみると、汚いセリフが殴り書きで所々書かれていた。

ストレス発散というか、なすすべなく込み上げてくる感情を
手帳に吐き出していたのだろう。

そんな悶々とした日々が流れていく中で、
直属の上司が辞めることとなり自分の担当も変更。

これがこの会社を退職するきっかけとなる。

任された仕事は重労働。
20〜30kgの物を1日に何度も持ち上げなければならなかった。

最初は良かったが
段々と腰に痛みがジワジワと出てくるのを感じた。

それでも職場トップの監視の目もあるため手は抜けない。
身体にダメージが蓄積されていくのを感じ、
不安と恐怖にかられながら仕事をしていた。

おまけに着実に勉強を進めていた公務員試験対策も
身が入らなくなってしまった。


ある時、職場のトップと話す機会があり、
作業により腰に痛みが出ていることを恐る恐る相談した。

ダメ元だった。
でも言わないままでいるのが一番ダメだと思った。


返ってきたきた返事はこうだった。
「痛くならないよう工夫してやるしかない」


無力感しかなかった。


もうそれっきり気力が湧かず
仕事に気持ちが入らなくなっていた。

整形外科に受診したが予想通り
腰の状態はマズいことになっていた。


職場に報告しても、配置転換は無く
これ以上在籍しても身の危険しか感じなかったため退職する事にした。

もうとにかくここから離れたい、
その思いしかなかった。


こうして新卒入社した会社はあっけなく幕を閉じた。

無職時代〜:公務員試験を受け続けたその果てに

 

会社を退職したのはいいが
もちろん次の職場など決まっているはずもない。

痛めてしまった腰の治療のためしばらくは時間を費やした。
もちろんメンタルも相当落ち込んでいる。

何をするにしろ、考えるにしろ、
とにかくダルかったし物事がどうでもよかった。


気分が上向いてくるのに時間はかかったが、
それでも何かしないとこのままではマズいと感じはじめ
公務員試験の勉強を再開していった。


予備校にも通い、
いくつもある科目に対応できるよう勉強した。

初めの年は、勉強を再開した頃が公務員試験シーズンだったため
筆記試験通過の基準点を満たすことができなかった。
ことごとく惨敗。

続く翌年の試験にも挑戦。

第一志望の自治体は筆記試験、
集団面接となんとかクリア。

しかし、次に待ち受けていたのが鬼門だった。
とっておきの。

事前の試験内容の通知は「面接試験」とのこと。

いざ試験室に入り、蓋を開けてみれば
何やら大型机が点在しており、
その上に人生ゲームのボードのようなものが置かれているではないか。


(な、なんだこれ…!!?)

その直後、
試験官は口を開き試験の説明に入る。
「1億円の予算がここにあります。市の事業の効果が最大化されるように・・・」


そんな感じのような事を言っていたと思う。

もう正直覚えていない。

ただ頭の中は真っ白になったのは覚えている。


(こんな試験、今までなかったはず!
予備校での情報でもこんなものはなかった!!)



そう、通常の面接だと高を括っていたのだ。

それがまったく未知の内容に遭遇してしまったため
パニクってしまい、試験中は激しく動揺した。

動揺していたので試験開始になっても
すぐには動き出せず、
必死に試験内容について再度確認。


でも頭が追い付いてこない…


「行動してる風」をなんとか取り繕っても、
試験官の冷たい視線が痛いほど突き刺さる。


結局、
何がなんだか分からないまま試験終了。

終了した瞬間は呆然となり、
帰路は完全に意気消沈。


もう完全に、
突破的事項への対応に弱い人間である。


「俺はなんのためにずっと勉強してきたんだよおおおお!!
 チクショオオオオ!!!」


試験後数日は引きずっていた。
ショックすぎて悔しくて情けなくて不甲斐なくて。

試験の結果は案の定、不合格。

もう分かってはいたけど
改めて突き付けられると悲しむ気力さえ皆無だった。



また来年公務員に挑戦する選択肢はさすがにもう無い。

最終的に公務員になることを諦めることにした。


余談だが、公務員試験の勉強は
予備校にいく必要はないと経験を通して感じた。
(面接対策で利用するのはアリ)

調べれば、
力を入れるべき科目、
捨て科目があり
どの過去問やテキストを使うのが最も効率的かも分かる。

必要・不要なところを明確に分け、
最短最速で「筆記試験に通る」という
その目的のために勉強すればいいだけの話。

というのを公務員試験もほぼ終盤の頃に学んだ。


それをわざわざ予備校に通い、
予備校の使えない教科書に沿って
講師、あるいは周りの受験生のペースに合わせて
勉強するのはあまりにも効率が悪いと言わざるを得ない。

公務員になれなった者が言うことでも無いんだけど。


その後は幅を広げて、
腰に負担の少ない職種と思われる事務系、
なおかつ、土日祝日が基本的に休みの職場を徹底的に探した。


なぜ土日祝日休みにこだわったのか。
それは趣味のライブや旅行を楽しみたかったからだ。

ライブが行われるのは大体、土日祝日。

前の製造の会社にいた頃からライブには行くようになったのだけど、
土日祝日でも度々出勤があり、
思うように自分の時間を確保できなかった。

仕事だけでなく、自分の趣味の時間も
しっかり確保したいという思いがあったので
土日祝日休みにはこだわりたかった。

この期に及んで、
よくそんな希望が言えるな、
という意見も聞こえてきそうだが。



しかし本当に偶然だが、
そんな職場を見つけ
応募したところ運良く内定。

面接もほぼ勢いだけで突破したようなものだ。

事務未経験で他の応募者もいたにも関わらず、
なぜ自分が内定したのか未だ不明だが
ひとまずこの内定先に滑り込むことにした。


人生何が起こるか分からない。

社会人時代②〜:異業種、未経験職種がゆえに苦しんだ職場



晴れて事務職として働くことになった。

「これで前の職場のように、重労働で腰を痛めることもない。
心機一転頑張るぞ!」

意欲的に仕事に向かうことができた。


周りからはどの程度仕事ができるんだろう、
という眼差しをひしひしと感じた。

しかし、こっちは事務未経験で異業種から来た身。

変に意識してしまうと
余計なプレッシャーを感じてしまう。

出来ることから一つ一つ取り組んでいこう、
そんな気持ちでいた。


総務や経理、人事のようなセクションで分かれているわけではなく、
一人が手広くカバーしているようだった。


自分が担当することになった業務は
前任者が同じ部署にいなかったため手探り状態。

マニュアルというか手順書も一部分だけ残っていた。


この書類って何の意味があるの?
そもそも稟議書って何書くの?
これはどの部署に連絡すればいいの?
この案件は誰に振ればいいの?

そんな初歩的なところから始まった。

自分は割と一つ一つ納得してから進めたい質だったが、
そんな余裕はなかった。

次から次へと振られる仕事を片付けていかなければ
溜まっていく一方。

一人では完結しない業務もあるので
自分のところで滞らせるわけにもいかず。


さらには法律を含めた専門知識が必要になってくることもあり
仕事内容の知識を覚えることも併せて、
かなり苦労した。


事務仕事の経験により意識させられたことは
自分の頭が固いのか、要領を得ないのか、

人と比較して物事を理解するするのが遅いことを思い知らされた。

例えば、
法律や社内規定の文面から
実際に業務に落とし込むに当たって、
他の人は
「あっ、そういうことね」で理解できるところ、
自分は
「え?まだちょっとわからないんですけど…」とワンテンポ遅い。


自分の意見だったり、議論してても
どうも自分の言いたいことが頭の中で上手くまとまらず
思うようにいかない。


もう一つ悩まされたのは「調整」。


自分の部署の上司と他部署の上司、
それぞれで求めていることが違っていて
落としどころに難航することもしばしば。

(それだったら直接やり取りしてくれよ…)

なんて思ってしまわざるを得ない。


当時の自分にとって捌き切るのがやっとの仕事量や、
周囲のレベルの高さを肌で感じ、

ここにいるのは場違いではないか?
なんでそもそも自分が採用されたんだ?

なんて後ろ向きなことばかり考えていた。


前の製造の仕事では、
時間内になんとしてでも片付けろ、
みたいな雰囲気があったが、

事務の仕事ってハッキリ言いてキリがない。

突き詰めてやろうと思えばいくらでもできてしまう。


一つ一つ納得しながら進めたい性格で
おまけに理解力も物足りない。

そんな自分はいつの間にか残業の毎日になっていた。
自分の事務仕事への適応力の乏しさと
会社の謎ルールや空気感に鬱々としていた。

こんなこともあった。

あいまいにしか教えてくれない上司の指示のもと、
初めて取り組んだ仕事。

手探りの状態でなんとか進めたが
思うような結果にならず、
それを上司に報告すると

「失敗じゃん」

の一言。

やる気をとことん削がれた。


体調も崩しがちになった。
風邪は少なくとも年2回はひいていたし
肩こりがひどくなった。

事務仕事は外から見れば
座ってるだけで体には優しいと思いがちかもしれない。

以前の自分がそうだった。

でも決してそうではない。


意識して姿勢をよくしていないと猫背になるし
血流は悪くなるし視力や体力も落ちる。

なんせ基本座りっぱなしだから。

休みの日は平日の疲れを取るために
休んでいることが多かった。
心身ともにストレスが許容値を超えて襲いかかってきた。

そんな状態でも可能な限り、
趣味であるライブや旅行へは出かけるようにした。

休みの日は疲れて休んでいるだけでは
いよいよ仕事のために生きているような人生になりかねないので、
それだけは阻止したかった。

正直、
好きなアーティストのライブの全国ツアーに
全通(全国のライブツアーに全て通うこと)したいし
旅行だって行きたいところはいっぱいある。

ライブの日程が発表されても
まず気にしてしまうのは仕事の都合。

休日に仕事が入ってしまうことも度々あった。

なりふり構わず有給をぶち込みたいところだが、
そんな度胸もなく。
おまけに休めば仕事は溜まってしまう。

自分の人生なのに、
自分の好きなことを好きなだけしたいのに、
無意識に仕事のことを真っ先に考えてしまう自分が嫌だった。


別に事務仕事を甘くみていたわけではない。

ここまで広く深い知識や協調性、空気を読む力、忖度、
人間関係構築能力、体力など
いろいろなスキルが必要な仕事だとは想像もできなかった。


上司も上司でありったけの仕事を抱えていて、
毎日余裕がない状態で業務に追われていた。

上司に声をかけずらく
顔色を伺いながら仕事をするような感じ。

自分の5年、10年先の姿は、今の上司の姿と同じになる、
なんてことを聞いたことがある。

自分がこのまま働き続ければ、
まさに今の上司のような状態になってしまうのかと思うと
憂鬱でしかなかった。


社会で必要とされるスキルが身に付くことはほぼない。
身につくのは、
その会社での立ち回り方や
会社独自の謎ルールへの対応といったような、
社会的に必要とされるものなのか疑問符がつくものばかり。

近い将来の自分の姿が
ある程度想像できてしまう上に、
仕事によって自分の好きなことも満足にできない。

自分で稼げるようなスキルが身につくわけでもなく、
身体的にも精神的にも許容値を超えて
負荷がかかるような職場。


(自分の人生、このままで本当にいいのだろうか…)

なんてことを思うようになっていった。


働くことについて、
「ほとんどの人が興味の持てない仕事を我慢しながらやってるんだ!
 だからお前も我慢しろ!」
というような意見を耳にすることがあるが、
それは違うのかなと思う。

なんでそんな気持ちで何十年も我慢する必要があるのだろうか。

人生仕事がすべてではない。
自分はそう強く思っている。

仕事もあるけど、自分の好きことにも全力で楽しみたい。
それには心身ともに健康な状態でいることも大切。


今の状況は、
生活に必要な給料をもらうことと引き換えに
自分の時間的自由、身体的自由、精神的自由を差し出しているような
感じになってしまっている。

会社にいいように使われるだけ使われて
何も残らないまま終わってっしまうのだろうと虚しくなった。
(そもそも会社員という存在自体がそんなものなんだろうが)


インターネットビジネスとの出会い、メンターとの出会い


そんな悶々とした日々を過ごす中で、
インターネットビジネスという存在に出会うことになる。

知流ことになったきっかけは、
ツイッターでのフォロワーさん。
この方をSさんとしましょう。

Sさんも、自分も好きなアーティストのファンで、
プロフィールを見るとどうやら自分で法人経営しているとのこと。

ライブも全通したり、
ライブの遠征先では観光も満喫したりと、
時間を自由にコントロールしながら大いに楽しんでいた。


その状況は、まさに自分の理想とするものであり
喉から手が出るほど手に入れたかった。


ブログやメルマガもあったので、
全記事を片っ端からその日のうちに読んでしまった。

Sさんは新卒として就職した会社が、
残業という概念がないほど勤務時間が異常に長かったとのこと。

昇進したとしてもさらに忙しさは増す一方という会社で
自分の人生このままでいいのか、
と思われていたそう。

そんな中で、

すでに退職していた会社の先輩が
ネットビジネスで成功している姿を見て
自身もそれに興味を持たれたようだった。


Sさんが行なっているのは転売ビジネスと同時に、
そこで培った経験をスキルとして販売したり、
コンサルしたりすること。

自分の力で稼ぎ、
自由に日々の生活を満喫するそのスタイルは魅力的に映った。

(こんな世界があるのか…!)

ただ、
ネットビジネスという存在自体は知らないわけではなかった。

何か特別な人が、ネットを使ってお金を稼いでいる、
といった程度の知識しかなかった。


ネットビジネスに関して調べてみると、
胡散臭いだの、詐欺だの、
マイナスイメージばかりが目に付く。

お金を稼ぐ=職場で働く
この考えが当たり前だった自分に
本当にできるようになるのか不安だった。


Sさんは高学歴で頭の回転が早いし、
ネットにも強いから成功しているのではないのだろうか。

そんなことも思った。

自分が身体を痛めたり、
精神的にも参ったりしながら働いてきたのは
何だったのだろうとネガティブにもなった。


Sさんからのオファーは、
ビジネスを学ぶためのオススメの教材や、
一緒にビジネスを手伝ってくれないか、
とのことだった。

が、
自分がメルマガを読んだのは
メルマガが書かれた数年後のことであり、
ビジネスの手伝いの依頼については
とっくに終わっていた。


転売ビジネスも時間の切り売りになってしまうので
どうも気が乗らなかった。

仕事の後に、
また作業をこなす自信がなかったからだ。


これ以降はSさんの
ネットビジネスに関する情報を見ることが無くなったが、
この世界を教えていただいたことには
とても感謝しています。


それからは自分なりに
ネットビジネスにはどのような種類があるのか、
どのように稼ぐのかを調べていくうちに
この人から学びたいという人を見つけることができた。

要はメンター。

内容は、ネット上に仕組みを作り上げ、
それを元に自動的に売上がでる状態を整えるものであった。

自分で永久的に作業する必要がなく、
一度売れる仕組みを作ってしまえば
金銭的自由も時間的自由も達成できる。

売り上げたお金で、
さらに自分を高めるために
学びに使ったり、好きなことに使ったりしていた。


自分もぜひこんな風になりたい!


まずは知ることから始めないと。

勉強したことを実践する、
この繰り返しでどんどん力を付けていきたい。

ーーーーーふるしゅの物語終わりーーーーー


改めて、このブログでお伝えしたいこと



このブログでお伝えしたいことは

「今を存分に楽しめるきっかけを作ること」

そのためには、
・金銭的自由

・時間的自由

・身体的自由

・精神的自由

が必要だと感じています。

これは今までの社会人として働いてきた経験に基づいています。

給料を得るためだけに、
時間や心身を会社だけに捧げるのは
人生つまらないと思っています。

もちろん仕事にやりがいがあって、
サラリーマン生活が充実していれば全く問題はないです。

むしろ羨ましいです。

ですが、
今まで職場と接してきた人たちや
大学時代の同級生、
趣味で知り合った人たち、

残念ながら大部分の人たちは、
仕事にやりがいをもって
イキイキと
仕事もプライベートも充実した生活を送っている姿や話は
見聞きできていません。


自分もそのうちの一人でしたが、

ネットビジネスの存在を知り
その可能性を感じて
モヤモヤしながら日々生活していた人生が変わったと断言できます。


物語でも書いたように、
要領を得ず
頭の回転が遅い自分ですが、

正しい知識を学んで実践を繰り返せば
結果はちゃんとついてくることを
メンターから学びました。


ブログだけでなく、
メルマガでは

「金銭的自由」
「時間的自由」
「身体的自由」
「精神的自由」
の4つの自由度を高めて
人生をより楽しく、より豊かに
送るための話や、

月収400万円を稼ぐメンターから学んだことなど、
ブログでは書けないようなことも
お伝えしていきます。



WordPressテーマ「スワロー」

当ブログはWordPressテーマの「スワロー」を使用しています。
デザインはシンプルですが、ブログ運営に必要な機能は必要充分。
おすすめのテーマです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です